ヘルマン・ヘッセの小説『シッダールタ』に、「目標が彼を引きつける」という表現が出てきます。
主人公のシッダールタは悟りを開くために苦行を積む「沙門」という修行僧でしたが、途中でその生き方をやめて、街で商人として働くようになります。
その際、街で最初に知り合った遊女カマーラに「あなたは何ができるのか」と問われ、シッダールタは「考えることと、待つことと、断食することができる」と答えました。
「それにどんな意味があるのか」とカマーラに続けて問われ、シッダールタは次のように答えました。
シッダールタが目標を、計画を持つと、そのとおりになります。シッダールタは何もしません。彼は待ち、考え、断食します。しかし、彼は、石が水を通っていくように、何もせず、からだひとつ動かさず、世の中の事物を突き抜けて行きます。彼は引かれるのです。落ちるにまかせるのです。目標が彼を引きつけるのです。目標に逆らうようなことは何ひとつ心の中に入りこませないからです。それこそ、シッダールタが沙門たちの間で学んだことです。愚人らが魔法と呼ぶもの、魔精のしわざと考えるものです。何も魔精のしわざなどではありません。魔精など存在しはしません。だれだって魔術を使うことができます。だれだって目標を達成することができます。考えることができ、待つことができ、断食することができれば。
(ヘッセ『シッダールタ』新潮文庫P.81)
「脇目も振らず突き進めるようになるために目標を作る」ということはよくあります。
「目標を引き寄せるために目標を作る」という話も、引き寄せの法則が知られるようになった最近ではよく聞きます。
しかし、「目標に引き寄せられるために目標を作る」という話はあまり聞きません。
そして、実際に達成される目標というのは、まるで自分が目標に引き寄せられるように感じるものです。
目標に引き寄せられている状態の人間を他の人が観察したとしても、普通に目標に向かって行動したり、努力したりしているだけに見えるかもしれません。
しかし、当人にしてみると、自分が自動的に、流れに乗っているように、背中を押されているように、するすると目標に導かれたように感じています。
『シッダールタ』は悟りに至る過程を描いた作品ですが、願望実現の秘訣がさらりと書いてあるのは、ノーベル文学賞を受賞する作家ならではの力量です。