決心によって、人生は変わります。
仕事や受験で、決心した通りに何かをやり遂げたことで人生が変わった体験談は、書籍でもネットでも有名人のインタビューでも枚挙に暇がありません。
しかし、「絶対にやり遂げてみせる」と決心したはずが、すぐにどうでもよくなってしまうこともよくあります。
揺るがない決心と、揺らいでしまう決心の違いはどこにあるのか。
私はそれを覚悟の有無だと考えています。
決心が「やってみせる」と能動的なのに対して、覚悟は受動的なものです。
つまり、それは人間関係から生まれるものだということです。
政治家の麻生太郎は、サンフランシスコ講和会議の二日前、祖父の吉田茂から松岡洋右と小村寿太郎について話を聞かされたと言います。
日本の外交官だった松岡洋右は、ジュネーブでの国際連盟総会において満洲国の承認を求めた際、日本の主張が受け入れられずに退場しました。
いわゆる「サヨナラ演説」ですが、帰国した松岡洋右は国民から万歳で迎えられました。
一方、明治時代に二度外相を務めた小村寿太郎はポーツマス条約に際して戻った際に、沿道から石を投げられ、家を焼かれるという大きな騒ぎになりました。
この二つの出来事について、吉田茂は「松岡洋右は歓呼の声で迎えられたが、小村寿太郎は焼き討ちを食らう目にあったんだ。しかし、歴史においては間違いなく小村寿太郎の方が高い評価があるのだ」と麻生太郎に言いました。
サンフランシスコ講和会議を目前にした吉田茂は、多数講和を進めることに迷いはありませんでしたが、その条約講和を日本国民がどう受け止めるのかについては読み切れずにいました。
だからこそ、条約の締結に向かう自分を、松岡洋右や小村寿太郎に重ねていたのです。
このときの吉田茂について、麻生太郎は以下のように振り返っています。
”小学校六年生には少々難しすぎたと思いますが、そう言っている祖父の気迫だけは感じました。”
“決意の程だけはよく分かり、「俺のうちは焼き討ちを食うんだな」ぐらいの覚悟は我々子供でもよくわかったところでもあります。”
“父も母も祖父に同行してサンフランシスコに行ってしまうし、家は焼かれてしまうかもしれない。大変なことになりそうなので、自分も覚悟しなければならないと思ったことを覚えています。”
小学生の時点で「家が焼かれてしまうかもしれない」と覚悟させられる境遇こそ、自民党の大物政治家の強みです。
とはいえ、覚悟を決めるのに、祖父が内閣総理大臣であるという麻生太郎ほどの強烈な人間関係は必要ありません。
両親や配偶者や友人といった周囲のどんな言動から、今の自分が作られたのか。
人間関係の影響を自覚することで、「この自分でやるしかない」という覚悟と、「だから自分はこれをやるんだ」という決心が生まれます。
その覚悟を伴った決心は、自分一人で「やってやるぞ」と息巻くよりも、粘り強さや継続力をもたらします。
何かをやり遂げたいことがあるならば、そのために努力するだけでなく、これまでの人間関係から自分の現在地を確かめましょう。
これもまた大事な開運のコツの一つです。