黒住宗忠に学ぶ「安心」の重要性

幕末の神道家である黒住宗忠は、自分の心を傷めないことを大切にしていました。宗忠はある村へ講釈に向かう途中、雨上がりで濁流になった川を渡ることになりました。濁流を眼下に見ながら橋を渡っていると、その橋が揺れ動き、宗忠は思わず心を驚かしました。無事に橋を渡り切った宗忠は天を仰ぎ、神から頂いたご分心を「驚く」という形で傷つけたことについて許しを求めたといいます。

心を傷めないようにすることで得られるのは安心ですが、安心を目標にすることは少なくなっています。平成前半までは安心が目標に含まれていましたが、それ以降は経済的あるいは社会的な成功を目標にすることが当たり前になりました。このことは心や感情を蔑ろにして、成功するための方法や仕組みや思考に偏る事態を生み出しています。

頭が良いのは良いことですが、頭が良くても安心がなければ、複数の価値基準や判断基準に囚われ、その狭間で右往左往することや煩悶することが増えます。学べば学ぶほど荒波に翻弄される小舟のような気分になっているならば、成功を目指すだけでなく、その土台として安心についても取り組むことで道が開けます。